ひろし店長のススメ

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幸せは年収では得られない

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東京では年収1000万円位ないと駄目!?

ジャージで田舎暮らしの方が幸せだったとする声も。

 

news.livedoor.com

 

 

「都内じゃ実際そうだよね」
「一人で1000万ならリッチだけど家族いるとそうでもないんだなと最近実感した……」
「『500万あれば十分だろ!!』って思ったけど、母よ……毒親よね」

 

 と語る女性、当初400万円程度の年収であったが、家族が増える事や老後の事を考え、必死に頑張り年収500万円まで収入を増やしたと言う。

しかし、その年収になると同居する母親がほとんど働くなくなったとも話す。

 

「田舎では5000円のホテルランチが一番贅沢だったけど、東京のホテルランチは5000円じゃ足りないし同僚もみんな着飾っていてお洋服代もかかる」

「唯一持っているハイブランドのアクセサリー1つでも充分満足していたのに、東京の同僚はいくつもハイブラのアクセサリーやバッグを持っている」

「私は田舎に帰りたい」「田舎で広い部屋に住んでジャージで暮らしてる方が幸せだった」

 

年収はいくらあれば幸せなのか

皆さんは自分の年収がいくらあれば幸せになれると思いますか?

ある大学の研究の調査で「お金持ちだと思う年収はいくらか」という事を調べた結果として、おおよそ今の年収の3倍程度を答える傾向が強いとの結果が出ています。

 

つまり年収300万円の人であれば年収900万円の人がお金持ちだと想像し、年収1000万円の人は年収3000万円の人をお金持ちだと考え、そこを目指すという事です。

 

またある研究では、年収700万円前後で年収増加による幸せの増加が止まるといった報告もあります。

単純に金額で年収700万円という具体性の有る数値ではありますが、暮らす地域や物価によって多少前後するでしょう。

 

しかしこの2つの研究結果が正しいとしたら、年収700万円である人たちは年収2100万円の生活を夢見て頑張り続けるしかないのでしょうか?

 

金や他人の為に働くべきではない

先の話の通りであれば、年収や他人との格差ばかり気にしていても、いつまでたっても本当の幸せにたどり着けない構造になっている事になってしまいます。

 

お金は大事ですが、そればかりに囚われていたらいつまで経っても目標としているはずの幸せにたどり着けないのかもしれません。

また多くの人は年収◯◯万円といった表面上の事ばかりに気を取られ、本質を見失っている人が多いのも問題の一端となっているかも知れません。

 

先程の記事の女性の場合は、年収が増えたのは良いが、結果として同居の母親が働くなり世帯収入が変わらない・もしくは減ってしまうといった事態となってしまっています。

単純に収入を増やした所で、別の所で割を食っていては意味がないのですが、多くの人たちは年収が増えると支出も同時に増えてしまったりといった状態になります。

 

個人事業主やビジネスオーナーなどの商売人であれば、わざわざ言わずとも分っている事ですが、利益を出すためには売上(収入)を増やすか支出を減らす事です。

もしくはその両方が行えれば最高です。

 

先程の女性の話にも”田舎で暮らしたほうが幸せだった”とありますが、これは田舎という物価が低く他者との見栄の張り合いの少ない、要するに支出の少ない地域で暮らしたほうが楽で幸せだとも言いかえられます。

正直、実際そうしてしまえば良いと思うのですが、なんで皆さんはそうしないのでしょうか?

 

楽に、自由に生きることは罪では無い

一生懸命働いている人は偉い、そんな風潮が日本にはあります。

では田舎で年収100万円でのんびり自給自足生活をしている人は劣等生なのでしょうか?

 

別にそれを推奨するわけではありませんが、人の生き方など人それぞれです。

田舎で暮せば楽だと思うならそうしてしまえば良いですし、わざわざ他人に合わせて豪華な家や家具、ブランド物のファッションを身につける必要などないのではないでしょうか。

 

言い方は悪いかも知れませんが、楽してお金を稼ぐのは悪いことでしょうか?

まったくそんなことはありません、むしろ皆もっと楽に稼ぐべきです。

働かずに田舎で自給自足生活も良いでしょう。

家賃が安い場所に住む事は恥ではありません。

 

年収がいくらか、などという表面上の数字ばかりに注目していてはいつまで経っても幸せにたどり着くことは出来ないかも知れません。

もっと自由な発想と、柔軟な考え方、そしてそこに踏み出す勇気・行動力があれば年収が0円であっても幸せに生きることは可能です。

 

働くな、楽をしろ、とそんな単純な話では無く、もっと自由に楽しく生きる方法はいくらでも有るのではないか?と言う事です。

今一度自分が本当はどうしたいのか、自分自身と語り合ってみるのも面白いかも知れませんよ。